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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1419号 判決 1978年7月19日

控訴人 黒澤太一

被控訴人 大洋工業株式会社

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一・二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次に付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示どおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決七枚目表四行目から同裏二行目までを、次のとおり改める。

「(二)同じく、2の事実について、否認する。もつとも、控訴人は、昭和三九年一〇月一日訴外会社の取締役に就任し、同四二年代表取締役に就任したことはあるが、同四六年三月一五日代表取締役を辞任した(その登記は同年五月一〇日)訴外会社は昭和三七年八月二四日設立されたが、当初から訴外松尾が代表取締役に就任し、控訴人が取締役就任後(したがつて代表取締役就任後も)は控訴人において営業を担当し、松尾において経理業務を担当するとの業務分担が行なわれていたものである。」

2  被控訴人の当審における主張

本件手形を取得するに至つた事情は、次のとおりである。

被控訴人と訴外会社はともに東京商工協同組合の組合員であつて、被控訴人代表者大場は組合理事として在任中、訴外会社の代表者松尾幹俊と知り合つたものである。そして、昭和四六年三月頃、右松尾は被控訴人に対し、訴外会社が日本電信電話公社(以下「電電公社」という)から総額金六、〇〇〇万円に及ぶ受注に成功したが、その納入品を内外製鋼株式会社(以下「内外製鋼」という)から仕入れるために、同社に対し担保として差入れる手形が必要であるからといつて、被控訴人に対しその手形の貸与方を申し入れて来た。

そこで被控訴人は、(イ)被控訴人振出の担保差入手形については電電公社から訴外会社に入金があり次第、訴外会社は現金で内外製鋼に対して決済をし、被控訴人振出の約束手形を内外製鋼から受戻しそのつど被控訴人に返却すること、(ロ)被控訴人振出の右担保として差入れた手形はこれを取立に廻さないこと、(ハ)右被控訴人振出の約束手形の返還約定履行の見返えりとして、訴外会社は被控訴人に対しその支払期日を被控訴人振出の右担保差入れ手形の支払期日より五日前とする訴外会社振出の約束手形を交付すること、という約定のもとに、右担保差入れ手形の振出を承諾し、右被控訴人名義の各手形を振り出し、かつ、訴外会社から右(ハ)の約定にもとづき本件約束手形の振出し、交付を受けたものである。

なお、被控訴人振出しの約束手形は前記約定に反し取立に廻つてきたので止むなくその支払期日に被控訴人において弁済した。

3  右に対する控訴人の答弁

被控訴人・訴外会社が知り合うに至つた経緯については不知。被控訴人主張の手形を被控訴人において決済したことは認める。その余は知らない。

4  控訴人の当審における新主張

被控訴人は、松尾幹俊が訴外会社の代表取締役の地位を濫用して訴外会社のためにでなく自己または自己が代表取締役をしている株式会社アイビー(以下「アイビー」という)のために、本件各手形を振出し、これに因つて被控訴人の振出の手形を取得しようとしたことを重大な過失によつて知らなかつたものである。したがつて、被控訴人は右松尾に対する控訴人の監視義務違反を理由として、損害賠償を請求することはできない。

5  当審における控訴人の新主張に対する認否

否認する。

当審において、被控訴人は、当審における被控訴人代表者尋問の結果を援用し、乙号各証の成立について乙第一〇号証の一について、公証人作成部分の成立は認め、その余の部分は知らない。第一一号証、第一三号証の一・二は認める。第一〇号証の二ないし八、第一二号証は知らない、と述べ、控訴人は、乙第一〇号証の一ないし八、第一一、一二号証、第一三号証の一・二を提出し、証人金井英之の証言、当審における控訴人本人尋問の結果を援用した。

理由

一  証人松尾幹俊の証言(第一回)、被控訴人代表者本人尋問の結果(原審第一回)およびこれらにより成立を認める甲第一号証の一ないし三の各一、二、第一号証の四ないし八の各一、二を総合すると、訴外会社が被控訴人に対し本件約束手形を振出交付し、以来今に至るまで被控訴人が本件約束手形を所持していることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二  成立に争のない甲第二号証、証人松尾幹俊の証言(第一回)、控訴人本人尋問の結果(原審および当審)および弁論の全趣旨を総合すると、訴外会社は土木・建設用資材の販売等を目的とし、昭和三七年八月二四日設立登記された株式会社であり、松尾幹俊は訴外会社の設立以来引続きその代表取締役にあること、控訴人は昭和三九年頃後記認定の関係もあつて訴外会社に入社し、間もなく電電公社との他の取引の関係で、代表取締役に選任すると有利であるという事情もあつて、同年一〇月一日訴外会社の代表取締役に就任し、以来松尾とともにその代表取締役であつたところ、昭和四六年五月一〇日右代表取締役を辞任し、右同日付で辞任の登記を了したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

三  訴外会社が昭和四六年五月一五日東京手形交換所の取引停止処分をうけて倒産したことは当事者間に争がなく、右当事者間に争のない事実と前認定の一、二の事実、証人山崎文治、松尾幹俊(第一回)の各証言、被控訴人代表者本人尋問の結果(原審第一回)を総合すると、訴外会社にみるべき資産もなく、金六、〇〇〇万円を下らざる負債を残して右のように倒産した結果、被控訴人は、前記のように現に所持する本件約束手形金の回収が不能に帰し、これがため本件約束手形金と同額の損害を蒙るに至つたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

四  そこで、控訴人の商法第二六六条ノ三の規定に基づく責任の有無について、検討する。

控訴人本人尋問の結果(原審)によりいずれも成立を認めることができる乙第七号証、同第八号証、証人山崎文治の証言によりいずれも成立を認めることができる乙第一号証の一、二、乙第二号証の一、二、乙第三号証、証人金井英之の証言により成立を認めることができる乙第一二号証、いずれも成立に争いがない甲第五号証、甲第八号証と証人山崎文治、同山本正雄、同松尾幹俊(第一・二回)、同金井英之の各証言、控訴人本人(原審および当審)、被控訴人代表者(原審第一・二回および当審)の尋問の結果を総合すれば、次の事実を認定することができる。

右認定に反する部分の証人松尾幹俊の証言は、前掲各証拠に照らし信用しがたい。

1  控訴人は、昭和三七年八月頃、建設・船舶関係の機械の販売を目的とする東京藤井産業株式会社(以下、単に「藤井産業」という)の営業部長、松尾幹俊はその部下の第四課長であつたが、藤井産業が同年八月中旬に倒産し、その再建の見込みも立たなかつたことから、藤井産業の営業部にいた右松尾、第三課長であつた金井英之、社員田中健一らが中心となつて、藤井産業時代の経験をいかして、土木・建設用資材の製造、販売を目的とする会社として、訴外会社を設立することとし、同年八月二四日これを設立し、代表取締役に松尾幹俊が、取締役に金井英之らが、それぞれ就任した。

2  訴外会社は、総数十数名よりなる小企業であつたが、もと藤井産業の社員が多く、その倒産時の経験に照らし、毎月一回全取締役が出席して経営会議が開かれ、月ごとの売上高、経費などを記載した書面(乙第一号証の一・二と同種のもの)に基づき、営業等の問題点について検討し、更に、同じく毎月一回全社員が出席して、営業会議を開き、前同様の書面などを基にして、営業方針などを検討することとし、全社員が、訴外会社の営業活動に関与し、それを活溌にすることが試みられていた。

3  控訴人は、昭和三九年秋、藤井産業の倒産に伴なう残務処理が終了したあと、その経験を買われて、訴外会社にその社員の推薦を受けて入社し、当初は金井英之営業部長(取締役)のもとにあつたが、控訴人が電電公社その他の取引に通暁し、かつ、その営業(取引)活動を容易にする必要があることから、同年一〇月頃訴外会社の代表取締役に選任されて、営業面の拡大が図られた。

4  爾来、控訴人はその代表取締役を辞任するまで、営業担当の、松尾は材料資金など経理担当の、それぞれ代表取締役として職務を分担し、互いに他の代表取締役の職務に関与することなく、訴外会社の企業活動に従事していた。

5  控訴人は、訴外会社の営業活動について、金井取締役兼総務部長とともに、大きく貢献し、とくに電電公社との取引に成功し、その受注に伴う内外製鋼との間の取引については、控訴人個人の財産をも担保に供したが、電電公社の取引は、四半期ごとに、五〇〇万円ないし七〇〇万円程度の額にとどまつていた。

6  ところで、これより先、松尾は、訴外会社のほかに、デザイン・印刷等を目的とするアイビーを設立し、訴外会社から臼田外一名を引き連れてその業務の拡大を図つたが、訴外会社と全く別な分野のことでもあることから、漸次赤字を重ね年ごとに事業の失敗を深めた(なお、松尾は控訴人の了承も得ることなく、擅に控訴人をアイビーの役員に選任した旨の登記手続を経ていた)。

7  松尾は、前記のとおり、訴外会社の資金繰りなど経理を担当していたが、自己の設立したアイビーの経営がうまくゆかなかつたことから、訴外会社の事業資金を勝手にアイビーのために流用し、その事業失敗によりこれを回収することができず、かつ訴外会社の資金繰りも漸次悪化し、昭和四一~二年頃から融通手形を借り受け、これを割り引きさらにはいわゆる高利金融を借り受けて訴外会社およびアイビーのやりくりに苦慮していた。

ところが、松尾は訴外会社においては毎月一回開催の経営会議ないし社員会議でも、かかる資金繰りについては、訴外会社からアイビーヘの資金の流用が発覚することをおそれて、これを明らかにせず、もつぱら、製品の受注、売上高、受領金などの関係が会社の実態とかけ離れた状態において論議されていたにとどまり、このことからみると、訴外会社の経営状態は松尾以外の者からはそれほど危機に陥入つているものとは、判断されていなかつた。

8  そして、松尾は、訴外会社およびアイビーの資金に苦慮したあげく、結局、第三者から手形を騙取して資金を捻出することを考え、昭和四六年二月頃、かねて東京商工信用組合員として知つていた被控訴人の代表者大場徳衛に対し、訴外会社と電電公社間の受注書(これは松尾が擅に作成したものと推認される)を示しながら、言葉巧みに、訴外会社は電電公社から総額約六、〇〇〇万円に及ぶ受注に成功し、受注品を内外製鋼から仕入れるため、同社から担保として物件および第三者振出名義の約束手形の提供方を要求されている。したがつて、他に割り引いたり、取立に廻したりしないから、ぜひ、被控訴人振出しにかかる総額金一、〇〇〇万円の約束手形を貸与して欲しい旨虚構の事実を再三にわたり申し述べ、被控訴人代表者をしてその旨信じさせ、結局、総計金九二九万〇、二〇〇円の被控訴人振出名義の約束手形八通の交付を受け、その見返りとして、右各手形の各満期よりいずれも五日前を満期とする同金額の訴外会社振出しにかかる本件手形八通を被控訴人に振出し、交付をした。

9  松尾は、被控訴人から前記手形の振出し交付を受けるや、これを資金化して所期の目的を達したが、被控訴人に対し交付した本件各手形については、とくに資金上の手当てをせず、結局、前記のとおり、訴外会社の手許不如意を理由として決済をせず、これを不渡りとした。

10  その後訴外会社の倒産直前になつて-昭和四六年四月頃と推認される-右松尾および訴外会社の経理担当取締役である山崎文治以外の取締役(被控訴人を含めて)は、はじめて訴外会社の資金が涸渇し、松尾に対する(不良)貸付金二~三千万円以外に、他に資金のないことの実態を知らされ、被控訴人らも、松尾の行為を調査などして対策を協議したが、結局、有効な対策を打ち出せなかつた。

右認定した事実によれば、松尾が訴外会社の代表取締役として、訴外会社名義の本件各手形を被控訴人に振出し交付し、結局これが決済をせず不渡りとし、被控訴人に本件各手形金額相当の損害を蒙らしめたのは、自己がアイビーのために訴外会社の資金を流用し、そのあげく、アイビーや訴外会社の資金繰りに窮し、返済のあてもなく、被控訴人から、その振出名義の約束手形八通の交付を受けてこれを騙取し、その見返りとして本件各手形を振出したのは取締役としてその職務を懈怠し、右懈怠は故意によるものというべきである。

ところで、控訴人が松尾のした前記行為について、商法二六六条ノ三の規定に基づく責任があるかというに、当裁判所は、消極に解する。すなわち、控訴人は、訴外会社の代表取締役として就任した以上、たといその目的が営業担当を目的としてなされたものであつても、代表取締役として会社に対する関係では、業務全般の執行を担当する職務権限を有するものとして、善良なる管理者の注意をもつて会社のため忠実にその職務を遂行し、ひろく会社業務の全般にわたつて意を用いるべき義務を負うものであるから、自己以外の代表取締役などの職務上の不正行為、善管注意義務違反の行為などについても、できるかぎり、未然にこれを防止するような義務を負担するものというべく、したがつて、前記認定のもとにおいては、控訴人は、松尾の担当する訴外会社の経理事務の遂行について、代表取締役としての職務遂行を十分に果したことは認められず、したがつて、その職務について懈怠があつたものというべきである。しかしながら、本件手形は松尾が詐言を弄して被控訴人名義の手形を騙取したものであつて、チエツクしにくい面があり、かつ、控訴人は営業担当たる代表取締役としての職責を果たしており、毎月一回開催される経営会議などに提出された売上高、経費などをもとに作成された経理関係書類-今にして思えば、経費などの書類は必ずしも正鵠を得ていなかつたものである-に基づいて、これを検討し、必ずしも訴外会社の経理が不良とはいえなかつたのであり、間接的にではあるが訴外会社の経理内容についても、さらに松尾の担当職務に関しても、代表取締役としての善管注意義務にもとづき会社業務の全般にわたつて意を用いたものと認められるから、たといその判断において、軽卒のそしりを免れないにしても(松尾の担当職務について不正・不当なことが訴外会社の倒産直前以前に控訴人においてこれを知つていたという特別の事情は、本件証拠上窺えない。)いまだ、被控訴人の本訴請求に対する関係において右懈怠が重大な過失に因るものとまでは認められない。

したがつて、控訴人は、商法二六六条ノ三の規定に基づいて損害賠償責任を負ういわれはなく、被控訴人の本訴請求を棄却すべきである。

よつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九六条を適用し主文のとおり、判決する。

(裁判官 安藤覚 森綱郎 奈良次郎)

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